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名古屋地方裁判所 昭和40年(ヨ)1148号 判決

申請人 伊勢勝利

〈ほか二名〉

右申請人等訴訟代理人弁護士 大矢和徳

同 伊藤泰方

右伊藤泰方訴訟復代理人弁護士 高木輝雄

被申請人 社団法人全日本検数協会

右代表者理事 岡田良雄

右訴訟代理人弁護士 稲木延雄

同 稲木俊介

同 鈴木康洋

主文

申請人等の申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、申請人等

(一)  被申請人が、昭和四〇年六月二九日申請人伊勢勝利および宮本勝一に対し、同年八月一〇日申請人小堀正捷に対し、なした各解雇の意思表示の効力を、申請人等が追って提起する従業員たる地位確認事件の本案判決確定まで、それぞれ仮に停止する。

(二)  被申請人は、前項の判決確定にいたるまで、申請人等を仮にその従業員として取り扱い、昭和四〇年六月三〇日以降、申請人伊勢勝利に対し毎月金一九、二三〇円の、同日以降宮本勝一に対し毎月金二五、九二〇円の、昭和四〇年八月一一日以降、毎月末日限り、申請人小堀正捷に対し毎月金二九、二八〇円の、各金員をそれぞれ仮に支払え。

(三)  申請費用は被申請人の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一、申請人等が、かねてから被申請人の従業員であったこと、被申請人が、昭和四〇年六月二九日申請人伊勢および宮本を同年八月一〇日申請人小堀を、それぞれ解雇する旨意思表示したこと、申請人伊勢に対する解雇の意思表示が、同人について被申請人就業規則第三九条第五号「協会に対し、非協力的な言動、画策をなし、協会業務の正常なる運営を妨げ、または妨げんとしたとき。」同条第六号「已むことを得ない業務上の都合によるとき。」同条第七号「その他前各号に準ずるとき。」に該る事由ありとしてなされたこと、申請人宮本に対する解雇の意思表示が、同人について被申請人就業規則第三九条第二号「作業成績劣悪または勤務成績不良にして従業員として不適当と認めたとき。」および前記第三九条第五号、第六号、第七号に該る事由ありとしてなされたこと、申請人小堀に対する解雇の意思表示が、同人について被申請人就業規則の前記第三九条第五号、第六号、第七号に該る事由ありとしてなされたこと、以上の各事実については、当事者間に争いがない。

二、そこで、まず申請人等についてそれぞれ被申請人の解雇事由とした具体的な解雇事由が存するかどうかについて判断する。

≪証拠省略≫を綜合すれば次の事実が認められる。

(1)  協会では従業員の福利厚生施設として、その所有もしくは賃借住宅を寮に改装した熱田、港陽、内田、千鳥等七つの独身寮(いわゆる事業の附属寄宿舎ではない)を設置し、従業員の希望者のため利用に供してきたが、右各寮は設備が十分でなく、組合から改善要求もあったので、昭和三九年一〇月アパート風の施設十分の寮建物を借上げ明徳寮、小碓寮を設置した。

そして同年一〇月二〇日頃熱田寮生全員、同年一二月頃港陽、内田各寮生全員が明徳寮に移ったが、なお明徳寮に一名、小碓寮に三名都合四名入寮できるあきがあったので、協会は同月一七日千鳥寮生中寮古参の申請人宮本と申請外三人の四人に年明けと共に明徳寮に移るよう転寮を指示した。

しかし申請人宮本等四名は「千鳥寮生全員同時にせよ」とて転寮を拒否し、翌四〇年一月二六日協会から翌二月一日附で重ねて右転寮を指示されたが同様の理由にて拒否した。そこで協会は右二月一日に文書で重ねて又同月八日まで転寮を猶予し、これに応じないときは退寮を命ずる旨通知したが、申請人宮本等は依然応じないので協会は同月九日に同月一八日限り申請人宮本等を退寮にすると通告したが、同申請人は退寮せずそのまま千鳥寮に起居する有様だったので、協会は同申請人に対し食堂(千鳥寮と協会の建物の中間位にある)の利用を禁止すると申入れるに至った。

(2)  協会は明徳寮設置に当り、従来寮生の使用方法がよくないため、寮の汚損甚だしく、毀損個所もでていた状態だったため、昭和三九年一〇月一日より実施の独身寮規程を設けたが、同規程中には貼紙については厳し過ぎるなど寮の自主性に障る面もあったので、各寮生は右規程に不満をもち、寮生は故ら必要以上の貼紙をし、一方協会は貼紙をはがせと命じ、それに応じないとて協会の者が自らはがして持帰ったりしたこともあり又昭和四〇年一月一八日寮生が明徳寮の食堂で部外者を講師に招いて学習会を開いた際、協会の管理職が多数来て学習会の中止を命じ、寮生はそれに反対して紛議が生じたこともあり、この間申請人伊勢等は寮内のことは干渉するなと終始協会に抗議し、昭和三九年一二月一五日午后四時四〇分過頃同申請人が先頭に一〇数名が現業所に貼紙を持帰ったことについて抗議に行き、太繩課長を取巻いたりして寸時協会の業務を妨げ、昭和四〇年一月七日午前七時五〇分頃申請人伊勢、申請外宇佐美、其浦等は先頭に右現業所に入って前同様寸時協会の業務を妨げ、同年一月九日協会は申請人伊勢と申請外其浦を譴責処分にした(この処分の当否はしばらく措く)

(3)  協会と寮生との間は右有様で、寮生は協会に対し不満をもち続け、昭和四〇年二月二〇日午后五時一五分頃申請人伊勢等が先頭に寮生一〇数名が寮自治会として抗議するとて右現業所に出掛け、海田課長心得に面談を求め、罵言を浴びせたりし、又同年四月一日右現業所にて申請外伊藤文昭のことにつき申請外高橋武郎と宮下課長ともみ合いになったところ、待機室に居た申請人伊勢が伊藤高橋等に加勢に現われ、しばしもみ合となった。

(4)  昭和四〇年六月二五日は給料支給日で事務所の者は残業中、同日午後五時三〇分頃申請人伊勢、同宮本、申請外宇佐美修治等が先頭に寮生二〇数名が右事務所に押しかけ、「千鳥寮生全員を明徳寮に移せ」などと抗議し、海田課長が解散するよう求めても「馬鹿野郎」と放言し二、三〇分位総務、経理の業務を妨害して引き上げた。また申請人伊勢、同宮本、同小堀の三名は、申請外宇佐美、同永池等の寮生とともに、昭和四〇年六月二六日以来協会が申請人宮本が業務を中途で放棄したとして同人を待機扱いとして職務配置をしなかったこと、および、同月二九日申請外永池仁が協会所定の用紙によって公休届を提出せず、かつ上司の許可を得ないまま勤務しなかったので協会が無届欠勤としたことについて抗議するため、昭和四〇年六月二九日午前七時四五分頃、申請人等が先頭に協会現業所に押しかけ、同所入口で職制の宮下亘等が「君達は何だ。乱入して何をしようとするのだ」等と大声で阻止するのもかまわず、「ワアー」と大声をあげながら、同所内に押し入り、なだれ込み、折柄、同所内のカウンター附近で、職員に対し当日の作業について指示していた業務部海上作業第四課課長心得佐賀野豊を取り囲み、「宮本の就業禁止は何だ。」「何故干し上げる。」、「バカヤロー。」等の罵言を浴びせ、さらに、右佐賀野を同所配置調整課のデスクと前記カウンターの角附近に数分間押しつけ、もみくちゃにし、前同趣旨の言葉を浴びせながら吊し上げを行った。

そして、申請人等は、同人等寮生に押し囲まれてもみくちゃになった佐賀野が総務部指導課長等によって助け出され、ようやくにして同所内の海上第四課の自席に戻ろうとするや、なおも、「逃げるのか」、「バカ者」等と罵倒しながら、佐賀野を追いかけた。そのため、太繩武がこれを阻止すべく、「職場を混乱させるな。」「業務妨害をやめて解散せよ。」等と呼びながら、寮生等の進路に両手を開げ立ちはだかったところ、申請人等を含む寮生は右太繩武を退けようと、多数の力にて無理押しし、右太繩を背後から支えていた業務課長伊藤輝吉も支え切れず、転倒しかかって、支えの手が離れた瞬間、右無理押の力が、太繩をあお向けに転倒させるに至り同人に静養加療一週間を要する「腰部挫傷・両前腕擦傷」を負わせた。

さらに申請人等寮生は引き続いて同所内の海上第三課にいた課長の松田俊行のところへ押しかけ、同人に対し、永池仁が同日無届欠勤扱いとされたことについて「どうして無届欠勤なのだ。理由を説明せよ。」「バカヤロー届けてある。お前がおらんのが悪い、何言っとるか。」、「何で無欠だ、課長は何しとる。」等こもごも暴言を浴びせ、松田を吊し上げ、約一五分間にわたって永池の無欠扱い問題について抗議した。そのため現業所内の業務運営は、太繩に対する暴行、松田に対する吊し上げの暴言等右寮生等の集団的な行動により、同日午前八時一五分ぐらいまでの間中断阻害された。

もっとも、申請人等は、太繩に対し暴行を加えたとの事実を争い、またこれについて申請人等寮生が佐賀野豊をその意に反し追いかけたのではなく、同人が自席の方で話をしようと提案したため、申請人等寮生がカウンター内で海上四課の方へ移動したものである。太繩武が転倒した当時寮生と同人との間は若干の距離を置いて隔たっており、同人が転倒したのは、申請人伊勢・同宮本等が無理押ししたのではなく、背後から業務部業務課長伊藤輝吉が押したためであるとする証人の高田勝・同白井治良の証言および申請人等本人尋問結果中の供述もあるが、右供述部分は、前記≪証拠省略≫により、佐賀野豊が海上第四課に戻ってからは寮生等の発言を取りあわず、宮本の就労禁止について別段何等の話をしておらず、かえって申請人等によって「黙否権を使うのか。」等罵倒される程沈黙を守っていたとの事実が認められることや、前記証人太繩武の証言により同人が転倒した際、同人着用のめがねがはずれ、附近に飛び散り、その靴が脱げる等の状態であったことが認められることに照らし、到底措信することはできない。

そうすると、申請人らと協会との労使関係が従来からややもすると円満を欠き、とくに前認定のごとく昭和三九年末頃から寮運営の問題をめぐってさらに対立抗争が緊張の度を増し、対話と互譲の欠けた状態が生じ、これを基本的な背景に、本件集団的暴行・暴言事件が惹起されたことは明らかであり、協会が寮の貼紙や講演に対する措置につき多少の行き過ぎがあり、又仮に申請人宮本や永池に対する措置につき妥当を欠く点があったとするも、申請人らの右二五日や二九日の行動は許されないものと云うべきである。特に右二九日の行動は寮問題と直接関係なく申請人宮本と申請外永池に対する前示の措置を原因としているから、なおさらのことである。

(5)  これ等の集団的な行動が業務を阻害し、結果としては現実に負傷者を生み出す有様だったことを考え併わせると、申請人伊勢、同宮本の右二五日と二九日の行動、申請人小堀の右二九日の行動はいずれも前記就業規則第三九条第五号「協会業務の正常な運営を妨げたとき……」等の規定に該当し協会が前記のとおり解雇の意思表示をしたことは、その余の解雇事由の存否について判断するまでもなく、一応正当と考えられる。(証人佐門勲の証言によれば、協会が申請人伊勢、同宮本に対し、右解雇の意思表示をするに当り協会の川島部長が右二九日の行動も解雇事由に含ませると、口頭で通知したことが認められる。)

三、ところで、申請人等は、協会のなした同人等に対する解雇の意思表示が権利濫用に当ると主張するのでこの点について判断するに、右主張は、申請人等の前記集団行動がその態様において、職場内においてもんだり押したりして上司に負傷させる等の内容を含むこと前認定のとおりであることに照らせば、他にそのような手段、態様での集団的な暴行・暴言をなしたことを認容せしむべき程度の事情の存することについて疎明も不十分である以上、当裁判所として到底採用しうべくもないところである。

また、申請人等は、本件申請人等に対する解雇の意思表示が、同人等の正当な組合活動を事由になされた不当労働行為である旨主張するが、本件全証拠を綜合しても、右主張事実は何等疎明されないところである。

四、そうすると、申請人等に対する解雇の意思表示の効力を妨げるべき何等の事由もないことになるから、申請人等に対する被申請人の右解雇の意思表示によって、申請人伊勢および同宮本は昭和四〇年六月二九日、申請人小堀は同年八月一〇日、それぞれ被申請人の従業員たる地位を失ったものというべきで、結局、本件仮処分申請については、その被保全権利の疎明がないことに帰するから、その余について判断するまでもなく、申請人等の申請は、排斥を免れない。

五、よって申請人等の申請をいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、同法第九三条本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 松本武 鬼頭史郎)

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